しるべ

名言や格言を、関連する本等とともに紹介します。 …なるべく1月1言以上更新。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

衣笠 祥雄

「お前がユニフォームを脱ぐなら、俺も辞めるぞ」

衣笠 祥雄

衣笠祥雄 - フルスイングにかけたロマン スローカーブを、もう一球

有名な「江夏の21球」の中でのエピソード。 この時衣笠が言った言葉には諸説あるようだ。 ただ、何を言ったにしてもその一言によって江夏は勝負に集中でき、その結果日本一を達成できたと言えそうだ。 それにしても、この時の投手江夏豊を始め、一塁の衣笠、監督の古葉竹識、相手(近鉄)の監督の西本幸雄、相手三塁コーチに仰木彬と、まさに役者が揃ったという感じで、このようなドラマも生まれるべくして生まれたのかもしれない。


衣笠 祥雄 (きぬがさ さちお) 1947~

"ケガにも屈せず闘い抜いた、鉄人衣笠" 1964年、広島カープ入団。4年目にして一塁のレギュラーポジションを獲得、以後1970年秋から連続試合出場記録をスタートする。厳しいコーナーを責められ161回もの最多死球を受けながらケガを押しての出場も度々、連続試合出場の記録更新を重ね、1987年にはルー・ゲーリックのもつ世界記録を抜いた。この直後、球界2人目の国民栄誉賞を受賞し、記念すべき年となった10月、2215試合出場記録を最後に引退した。
日本プロ野球名球会」より


 

衣笠 祥雄

# 1979年8月9日の巨人戦、西本聖から死球を受け、左の肩甲骨を骨折する重傷を負ってしまう。しかし翌日の試合にも代打で出場し、江川卓のボールにフルスイングで挑んで三球三振という記録を残した。試合後には「1球目はファンのために、2球目は自分のために、3球目は西本君のためにスイングしました」「それにしても江川君の球は速かった」とコメントしている。衣笠が代打で打席に登場した瞬間、広島ファンのみならず、巨人ファン・ベンチからも大きな拍手が起こった。 # チームメイトだった江夏豊とは無二の親友で、プライベートでは常に行動を共にしていた。江夏が日本ハムファイターズに移籍した1980年オフのキャンプでは、酒が入ると「豊がいない」と泣いていたという。
Wikipedia」より


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://mshirube.blog22.fc2.com/tb.php/116-a98b538c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

管理人

michi

Author:michi

ランダムカタログ

ランダムカタログ

べつれぶ

最新の記事

ワードジャンクション

by WordsJunction

ブログ検索

カテゴリー

カレンダー

12 | 2017/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

リンク

べつれぶ検索

最近のコメント

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。